Biography
Mio Sato – Vocal & Guitar
Keita Kato – Bass
Match – Drums
2004
- 10月 佐藤美生(Vo.)・野々垣貴彦(Dr.)によりWEEZERのコピーバンドとして結成。
- 海外、国内、様々なジャンルに影響を受け「とにかく楽しむこと」をコンセプトにオリジナル曲を制作、名古屋のライブハウスを中心に活動を始める。
2005
- 1月くらい 篠田尚希(Gt.)加入。
- 「わたしは名古屋のスカパンクシーンをもう一度盛り上げてみせる」と言いJONNYを脱退した初期ギタリスト・ねぎま(YouKARI CHUNKY/HELLO WORKS)に紹介されて登場。
- 10月 自主制作ミニアルバム『JONNY』を発売。
- ライブ会場のみならず、熊谷モルタルレコーズ、下北沢ハイラインレコーズなどで販売され、あっという間に1000枚完売。
2006
- 多分ライブばっかしてた。
どっかのタイミングでベースにロビンが加入(その時点でベーシストは4代目)
2007
- 5月~6月 お笑い芸人ザ・プラン9の劇 『フォーチュンと僕たち』のBGMにJONNYの楽曲が起用される(奇跡)。
- OPテーマ曲には『Uncle fucker』が、他にも『Where is the line』『Peter』等が採用され、舞台を見た美生は、逐一涙を堪えるのに必死だったと言う。
2008
- 1月 2年間ベーシストを務めたロビンが脱退。
- 5月 大阪にて行われた"御堂筋アートグランプリ"にて優勝。
- 御堂筋にてまさかの約3万人の観客の前でライブをする。
- 8月 THIS TIME RECORDSの国内、海外、メジャー、インディーが入り乱れた、パワーポップバイブルとも言えるコンピレーションアルバム『OK!POWER POP』の第2弾に参加。
- 大好きなOZMAと音源にて共演を果たす。
- 12月 ONE BY ONE RECORDSに所属。
- 2005年発売の自主制作ミニアルバムを『cake album』として再発売。発売直前、一身上の都合により美生が坊主になる。
2009
- 12月 ONE BY ONE RECORDSよりタワーレコード限定シングル『Get some lack to be punky』を発売。
- コンドームをあしらったジャケット、7曲入り500円という価格設定に、業界が呆れかえる。
2010
- 1月 2009-2010年の新栄クラブ・ロックンロールで行われたカウントダウンライブで味をしめ、美生がギターをかなぐり捨てピンヴォーカルに転向。
- 不完全密室殺人/紙コップスよりギタリスト・各務鉄平を迎え、更に問題の多いライブバンドと化す。
- 3月 1年間のサポート期間を経て、舟橋孝裕(Ba.)が正式加入。
- 特に発表もなく、秘密裏に行われる。
- 5月 初期メンバーであった野々垣が脱退。
- ホームページにて発表された、
- 5年の付き合いであるのに、2010年に入ってから急にヴォーカル・みおのことを、「みおさん」から「みお」という呼び捨てで呼ぶようになったことが発端となり、みおとの関係性が悪化、「このままではいけない」と、メンバー同士で幾度となく話し合いを重ねてまいりました。
そして先日、数度目の話し合いの結果、「一度呼び捨てで呼んだ人のことを、また『さん』や『ちゃん』を付けて呼ぶのは、すこぶる恥ずかしい」という結論にたどり着き、野々垣脱退という選択を取るに至りました。
- という脱退理由が、各地で物議を醸す。
- 同月 野々垣脱退記念に初のワンマンライブ開催。
- 大成功。滞りなく野々垣を送り出す。
- 6月 ONE BY ONE RECORDSよりアルバム『POP STAR』を発売。
- 「ジャケットの美生さんは、本当に地面に埋められているのですか?」という質問を多数いただく。
2011
- 1月 美生がギターを再び手にする。
- サポートメンバーであるはずの各務鉄平があまりに強烈なプレイヤーであるため、訳が分からなくなり、元の4人体制となり初心に帰る。
- 10月 THE MUFFS JAPAN TOUR 2011にゲスト出演
- 執念で掴み取った奇跡の対バン。キム・シャタックは、想像以上にデカかった。
2014
- なんとなく活動休止。
- 密やかに福岡“せんちょー”大資がドラマーとして加入するも、メンバーそれぞれの課外活動が忙しくなりすぎたため、中々活動ができない状況に。美生がソロで細々活動するも、他メンバーばかり人気者になっていくのを嫉妬しているうちに美生のやる気の糸がプツンと切れて、活動休止状態に。
美生死亡説が流れる。
2021
- 4月 コロナ禍真っただ中に活動再開。
- 音楽から離れて腐り果てる直前に美生のモチベーションが奇跡的に回復、メンバーを一新し、ベースにけーたくん、ドラムにまっちを迎え『JONNY-SAN』と改名し3ピースバンドとして活動を再開。
改名したものの、メンバー含み誰も「-SAN」を付けて呼ぶことはなく、面倒になって1度のライブで再度JONNYに改名する。
2023
- 7月 新メンバーにて初のアルバムを発表。
- 2年の修行を経て、活動再開後初の音源『Maybe the first』を配信限定でリリース。今が一番生き生きしている(美生談)という状態で、精力的に活動。